脚本の書き方
今朝はいい天気だが少し気温が下がった気がする。秋だ。
ブログを始めてだいたい10日がたった。現在のアクセス数は900ぐらい。こういう事に疎い私には多いのか少ないのか全然わからないのだが、とにかく、アクセス、ありがうございます。
タイトルに「脚本の書き方」と書いた。脚本家を目指す方に向けた私なりのぼんやりしたメッセージのつもりで書き始めた。
が……。
ふと考えると、そんなものはないのである。以下はあくまで私個人の意見だけど、脚本は、究極は「面白ければいい」んである。
時にテクニック的な事や「脚本の定番とは」なんていう話が会議で出る事がある。気の小さい私は反論して怒られるといけないので黙って聞いているが、実際はそういうのは瑣末な事でしかないと思うのだ。
むしろ、古今東西の映画やドラマ、アニメで、今でも名作と言われている作品には、その時代時代の「定番」を破って強烈なインパクトを与えた作品が多い(全部がそうとは言わないが)。
ミュージカル映画の傑作「ウェストサイド物語」なんてそのいい例で、それ以前には、あれほど激しく強烈なミュージカル映画はなかったように思う。
しかし、ここからが難しいところで、「定番破り」をすればいいというものでもない。「フツーこうするシーンをそうはしない」というのは案外簡単な事なのだ。問題は、それでいて面白くなければいけないという事。単に破っただけでは支離滅裂なだけで、「でもそれが面白い」というレベルに持っていかなければならない。
でも、それに成功すれば、かなりの確率で「名作」に近づく事ができる。後はそれがヒットしなければいけなかったり、仮にヒットしなくても多くの人の心に残ったり。そこまでいって初めて「名作」として認知されるのだ。
何故そんな事にこだわるのか。つまり、「定番」のみを作っていてはそれはどこまでいっても「定番」に過ぎず、映像の歴史が前に進まないからだ(もっとも、誤解のないように言っておくと、この「定番」をうまく作るのだって相当に難しい作業だ)
だとすると、その作業には不確定要素があまりに多く、ほとんど宝くじに当たるようなもの。そんなこんなを考えていくと、「脚本の書き方」なんてないなーと思う訳である。
ただこれだけは言えると思う。「物語の整合性は完璧にとれているけど普通の仕上がりの作品」と、「少し整合性が取れない部分があるけど、見てる間はとにかく面白い作品」とどちらをとるか。私は迷わず後者をとる。それがクリエイティビティーだと思っているので。だから、私が脚本を書いた新作が公開されたり放送されたりすると、しばしばネットで「整合性がとれてない!ダメ脚本家め!」とおしかりをうける。
整合性が完璧にとれていてしかも強烈なインパクトを持つ作品を作るのって、宝くじに当たるくらい難しいのだ(かなり言い訳めいてるけど、実際にそうだからどうにもならない)。
新人の頃、あるアニメの監督さんにいい事を言われた。
監督「映画が作られるようになって約100年、それにドラマやアニメを足すと、世界中に無数の映像試作品が氾濫してる。もはや、冒頭からラストまで全てのシーンが新しい作品なんて作れっこない。俺たちの仕事はしょせん『再生産』に過ぎない」
私「(ぼんやりしつつも絶望的になり)はー、そうでね」
監督「ただ、唯一の方法がある。『拡大再生産』だ」
私「は?」
監督「ただの再生産じゃだめだ。ほとんど定番でも構わないけど、台詞一つだけ、シーン一つだけ、アイデア一つだけでかまわない。『これは新しいな』と思える瞬間を死に物狂いで作る事。そうすれば、ただの『再生産』じゃなく、それは『拡大』していくんだよ」
私「はい」
脚本の書き方なんてない。そしてとても難しい。
だからこそ面白いのかもしれない。
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