アスタレーゴ 特別編 「リスボン特急」
ポルトガルのリスボンに着いた。
スペインに比べて全体的に地味な印象だが、古い建物が多くていい町である。前に書いたポート・ワインの本場でもある。
だが、着いた時から私はそわそわしていた。この町から、パリに向って、何と念願だった「リスボン特急」という夜行列車に乗るのだ。
70年代に「リスボン特急」というフランス映画があった。監督はフィルム・ノワール(フランスの犯罪映画)の名手、ジャン・ピエール・メルビル。主演はアラン・ドロンとカトリーヌ・ドヌーブという豪華版だった。
映画の冒頭は嵐のリスボン。土砂降りの雨の中、イギリス人一味の強盗がリスボンの銀行を襲撃する。そのボスを演じたのはリチャード・クレンナ(スタローンの「ランボー」で、彼の軍隊時代の上司だったトラウトマン大佐役を演じた俳優さん)。
現金だったか金塊だったか、とにかく彼らはそれを強奪し、駅からリスボン特急という夜行列車に乗る。そして一路パリを目指す。
パリ警視庁のアラン・ドロン警部の所にその情報が入り、彼は捜査を開始。疾走するリスボン特急に乗っている強盗団をいかにして捕まえるか、そして、強盗団はパリ警視庁の追跡をどうかわすか、という頭脳戦の物語がサスペンスフルに展開する。
このアラン・ドロンが今思い出しても鳥肌が立つほどかっこよかった。クールで、時に冷徹で、情報を出し渋る「たれこみ屋」を冷たい横顔でぼこぼこにしたりする。裏社会の事情を知っているらしきカトリーヌ・ドヌーブとの腹の探り合いも見応えがある。
という話を、ある時「ウェルファン・カフェ」でしていた。何と私は、その映画のエンディングに使われたフランス語の主題歌を、意味は全くわからないのに今でも歌えるのだ。
「イ・デーダ、トゥワソー、ブー、セオ、トリー……」という具合で、フルコーラス歌える。
それを聞いていた橋本さんが言った。
橋本さん「リスボン特急、乗ってみませんか?」
私「ええっ?!」
橋本さん「仕事でよくリスボンに行くので。いつもは飛行機で移動しますけど、たまには夜行列車にも乗ってみたいと思って」
私「行きます!」
で、私はいそいそとついていく事になった次第。
橋本さんが調べてくれたところによると、当時と違って現在のリスボン特急はパリまでは行かず(今はTGVという新幹線みたいなのができたので)、でも一応走っていて、リスボンからスペインとフランスの国境までは行くという。
それでも何の問題もない。あの大好きな映画のリスボン特急に一晩乗れるのだから。
ポルトガルに数日滞在して、ある日の夕刻にリスボン駅に向った。
いた。
「リスボン特急」が!
びっくりしたのは、70年代に映画に出てきた面影がかなり残っている事。先頭の電気機関車は多分新型なのだろうが、どこか古びていて、昔の映画とあまり変わらない。
そして車内。
全室コンパートメントである。これも映画と同じ。中に入ると、オリエント急行みたいな豪華版ではないが、使い込まれた木製の調度が美しく、個室内に立派な洗面台もあり、タオルや歯ブラシなんかも置いてある。
ゆっくり発車したリスボン特急は、夕闇のリスボンの町を疾走していく。住宅街が淡いオレンジ色の夕陽の中にたたずみ、それぞれの家の窓には夕餉の明かりが灯り、その小さな明かりたちが後方に美しい光の帯をひいて次々に流れていく。
当たり前だが、私が乗ったリスボン特急に強盗団が乗っていた訳ではないし、アラン・ドロン警部が「動くな!」と拳銃を構えて乗り込んできた訳でもない。
橋本さんがトイレに行き、私は数分一人になった。
涙が止まらない。
嬉しいし、無論楽しい。だが、涙が止まらない。
車窓に流れていく家々の明かりを見ていると人の営みが濃厚に感じられる。その明かりが限りなく美しい。
そして、中学生の頃に部屋に貼ってあった、「リスボン特急」のポスターのクールなアラン・ドロンや、美しいカトリーヌ・ドヌーブの横顔が次々に浮かび上がってくる。
橋本さんがトイレから戻ってくるまでの間、私は今でも意味のわからないあの主題歌を、夕闇の中に流れ去っていくリスボンのオレンジの景色を見つめながら口ずさんだ。
どうして泣けたのか今でもわからないが……。
リスボン特急から見た夕闇は、これまで見た事のない美しいオレンジ色だった。
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コメント
やっと「リスボン特急」がDVDになります。
発売は来月半ば。
AMAZONに予約済み。
メルヴィルは絶版になっていた「いぬ」も出るので、これもまた予約済み。
比較的新しいリスボンの街を見たのは、ヴェンダースの「リスボン物語」(’95)です。
当然、本物の街を見たことはありません。
読んでいると、頭の中に世界の車窓からのテーマ曲が流れて来ました。
投稿: すなぽん | 2008年10月28日 (火) 18時46分
すなぽんさん、コメントありがとうございます。
そうですか、やっと出ますかDVD。
嬉しいです。
投稿: パパ | 2008年10月29日 (水) 08時33分