さわらぬキツネにたたりなし
明け方から降っていた(らしき)雨が上がった。空はどんよりしているが、町全体がどことなく湿っていて悪くない。ぼんやりしていて気付かなかったが、きのうまで晴天続きだったのでよほど乾燥していたのだろう。
中学1年生の梅雨時。ちょうど今日のようなどんよりとした天気が続いていた頃だった。
当時、日本中が「一大オカルトブーム」の真っただ中にあった。テレビのスイッチを入れると(しかもゴールデン・タイムに連日)、「UFO」「心霊写真」「念力(特にスプーン曲げ)」「幻の雪男」「ノストラダムスの大予言」なんていうネタが氾濫していた。漫画ではつのだじろう作の「恐怖新聞」や「後ろの百太郎」が爆発的に受け、かなりの子供たちが夢中で読んだ。
だが、いずれも現実にはそう簡単に遭遇できそうにないものばかり。
その中で、一つだけ「オカルトっぽいムード」を簡単に体験できるものがあった。
コックリさんである。
B4サイズくらいの紙一枚と十円玉が一枚あればよい。その紙に決め事に従って文字を書き、十円玉を置く。三人か四人でその十円玉に一本ずつ指を乗せ、誰か一人がコックリさんを呼ぶ。そうすると、指には全然力を入れていなのに、十円玉がすーっと動いて一文字ずつ記していき、その文字をつなげるとコックリさんの答えになる、というもの(このブログを読まれた方、興味本位でやらないように。それに、いろいろな決めごとがあって、それに従わないと十円玉は動きません)。
コックリさんとは、日本にかなり古くから伝わるいわゆる「おキツネ様信仰」に由来するもので、神社におキツネ様が祭ってあるのと同じ理屈である。なお、正確かどうかわからないが、一つの伝説として、日本で初めてコックリさんを試みたのは織田信長であるという言い伝えもある。どうやら、大元は中世ヨーロッパの降霊術のようで、それが戦国時代の日本に伝来し、ワインやら鉄兜やら、「洋モノ」が大好きだった信長が、日本のオキツネ様と結びつけたという説もある。
ある日の放課後、私と同級生数人で、「コックリさんをやってみよう」という事になった。場所は教室である(今思うと、前に書いた吹奏楽部に既に入部していたので、連日サボっている頃だった。しょーもない)。
紙に文字を書き、十円玉を用意し、誰かが「コックリさん、どうぞいらして下さい」とか何とか言った。この手順については、何せオカルトブームでそのような本がいくらでもあったから、情報として簡単に入手する事ができた。
不思議なもので、十円玉はするすると動く。
私「おい、誰か動かしてないか?わざと」
友達「全然。力入れてないよ」
友達「俺も」
誰に聞いても指に力は入れていないという。
私「うーん、不思議だ……」
他愛もない質問が続いた。「ウチの学校のサッカー部は、今度の試合に勝てますか?」
「長嶋監督のジャイアンツは今年優勝しますか?」
「みんな英語の先生が嫌いなんですけど、どうすればいいですか?」
「○○君と○○さんが両想いだって噂がありますけど、本当ですか?」
仮にコックリさんなるものが存在するとして、その時私たちの所に来ていたとしたら、さぞ困った事だろう。次から次へとどうでもいい質問ばかりなのだ。
やがて私たちは満足した。理由はわからないが、とにかく十円玉は紙の上を縦横無尽に動き回り、最後の方はちょっと疲れたような「いい加減にしろ」的な遅い動きにはなったものの、とにかく質問に答えてくれた。
終了の手順も決まっていた。
みんなで「ありがとうございました」と言い、誰か一人が「どうぞお帰り下さい」と言う。
ところが……。
私たち「!」
何と、十円玉がするっと動き、「帰ラナイ」と出てしまったのだ。
皆で顔を見合わせた。
私「ど、どうする?帰らないって言ってるぞ」
友達「そんな事言ったってよー……」
しばしコックリさんと私たちの押し問答になった。「お帰り下さい」「帰ラナイ」の繰り返しである。
十円玉に向って皆で必死になだめすかしていると、ようやく、「帰ル」と出た。
私たち「……(ホッ)」
ところが!
帰る間際になって、また十円玉が動きだした。
私たち「な、何だ?」
「今晩8時、オ前タチノ誰カニ電話スル」
私たち「げっ!」
そして、それが嫌なら、私(オキツネ様)が住んでいる、学校の裏の祠に油揚げを備えろと。
コックリさんはそう言い残して帰っていった。
私「電話って!」
友達「だ、誰のうちにかけてくる気だ?」
私「かけてきてコックリさんは何て言うんだ?キツネだぞ、キツネ。『コーン』なんて電話口で鳴いたりすんのか?」
友達「バカ!お前は何の心配してんだよ!とにかく油揚げ!お供えすれば電話はこない!」
私たちは真っ青な顔を並べて学校を飛び出し、近所の商店で、みんなでお金を出し合って油揚げを買うと(こんな緊急事態でも、しかも油揚げ一枚買うのに割り勘にしていたアホな中学生たち)、学校の裏の林に行った。
そこはその学校の生徒なら誰もが知っているが、誰も入った事のない林だった。通学路の横にあって、何の変哲もないただの林。
私「ここ、祠なんてあったっけ?」
誰も入った事がないのでとにかく行ってみるしかない。
と……。
あった。
雑草の中に埋もれるようにして、ほとんどボロボロに朽ち果てた小さな祠があった。大きさはせいぜい段ボール箱一個分くらいしかない。
さらに、その祠の前に、どろどろに汚れた瀬戸物のキツネの人形が一つぽつんと転がっていた……。
私「こ、こいつだ」
友達「『こいつ』って言うな!ほんとに電話かけてきたらどうすんだよ!」
私「こ、この人が、ここの林から教室まで来たんだ……」
友達「(イライラして)『この人』じゃねぇ!オキツネ様だ!」
とにかく……。
私たちはキツネの人形を祠の中に戻し、油揚げをお供えし、「どうぞ電話なんかかけてこないで下さい」とお祈りし、クモの子を散らすように帰宅した。
それから8時までの数時間は今でも忘れない。家族と夕食を食べていても気はそぞろだし、誰が何を言っても耳に入ってこない。
もし本当に電話がかかってきた時、何とか知らん振りする方法はないものか。
思いついた!
私「……(そうだ!その時間には風呂に入ろう!)」
ささやかな悪だくみである。仮に8時に電話がきたとしよう。その頃私は風呂場にいる。当然私ではなく家族の誰かが出る。出た誰かが「こーん」という鳴き声を聞いて仰天しようが何だろうが、私は何食わぬ顔でその後風呂から出て、「ん?何かあった?」などととぼけられる。
7時55分に風呂に入った。仮に、問題のコックリさんがずぼらな性格で、8時ちょうどではなくもうちょっと遅れて電話してきた場合に備えてである。早めに入って8時ちょっとすぎに出て、そこに運悪く電話がきたら元も子もない。
とりあえず浴槽につかり、私はその時を待った。心臓の鼓動がどんどん激しくなる。だが、こっちは風呂の中である。「知ーらないっ」と小声で呟いてみたりする。
と……。
何と、8時ちょうどにほんとに電話が鳴った(作り話ではない。敵は私をターゲットに決めたのだ)。
私「き、きた……」
生きた心地がしないとはこの事である。親が電話に出て何かしゃべっている声がうっすらと聞こえる。
電話はすぐにきれたようだった。
しばらくして風呂から出て、激しく動揺しながらも親に聞いてみた。
私「さ、さっき……電話鳴ってなかった?」
親が不愉快そうに言うには、間違い電話だったという。
私「間違い電話……で、何て言ってた?」
親「若い酔っ払いの女の子。『○○ちゃん、いますかあ~?』だって」
私「……」
気が抜けると同時に、何とも不思議な気分になった。8時どんぴしゃりに来た電話。「コーン」と鳴くでもなく、「お前らしょーもない質問ばっかりしやがってー」とおどろおどろしく言うでもなく、「○○ちゃん、いますか~?(しかも酔っ払いの若い女の子)」
何だか私たちとコックさんの間の「手打ち」だったような気もした。バカ質問に呆れかえったコックリさんは頭にきて、「電話してやるー」と脅した。一応、「油揚げをくれれば許してやるー」と条件はつけた。だが、「このアホ中学生どもはそんな事しないで家に逃げ帰るに決まってる」と思ったのかもしれない。
ところが、私たちは油揚げは置いてきた。それでも怒りの収まらないコックリさん。
多分、コックリさんは途中で「中ボーを脅そうとしている自分」がバカらしくなったのではないか。で、振り上げた拳のやり場に困り、腹立ち紛れに酔っぱらいの若い女子を演じて「手打ち」とした。
翌日学校に行って友達にその話をすると、皆が震えあがった。でも、当事者の私は案外平気で、「にしても酔っぱらいの若い女ってのはなー」とぼんやり呟いた。
今なら、単なる間違い電話が、たまたまそのタイミングでかかってきただけなのだと思える。集団催眠にかかっただけという気もする。いくらオカルトブームだったとはいえ、慌てふためいた中学生の自分には呆れかえるばかりだ。
だが、いずれにしても、その日を境に我がクラスの「オカルトブーム」が急速に冷め、終わりを告げたのは言うまでもない。
| 固定リンク
「コラム過去編」カテゴリの記事
- 夕闇のホームラン(2009.07.09)
- ハンガー(2009.06.16)
- 塩素の世界(2009.06.05)
- 風の街(2009.05.14)
- ゾンビか、ダーティハリーか 完結編(2009.05.11)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/524639/43036539
この記事へのトラックバック一覧です: さわらぬキツネにたたりなし:


コメント
コックリさん、ブームの頃何回かやりました。
その全部が級友、もしくは部活(美術部)の仲間とでした。
最初にやった時のこと、10円玉が動き出すタイミングで、にわかに近所の犬がけたたましく吠え出しました。
これは、おキツネ様が来た合図だ。犬にはおキツネ様が来たのがわかったのだ。犬は何か言い知れようのない異界のモノの存在を察知しているのだ。
メンバーは、口々にそんな事を言い、否が応にも恐怖と緊張が高まりました。
それにUFO。級友にUFOを目撃し写真に納めようとして、授業中もカメラを手放さない奴がいました。体育の授業なんか、カメラぶら下げてサッカーやってるんだから笑いました。
ホント、あの頃のオカルトブームは凄かったです。
投稿: すなぽん | 2008年11月 7日 (金) 16時05分
すなぽんさん、コメントありがとうございます。
そうですか!体育のサッカーの時もカメラをぶら下げて……。
「情報収集手段が少なかった時代って、ブームに対する興味のあり方がはんぱじゃなかったんでしょうね。
UFOカメラ君の気持ち、よくわかりますけどね(笑)。
投稿: パパ | 2008年11月 7日 (金) 16時13分
コックリさんて普通女子がやっていて男子はあまり見なかった気がします。
UFOと言えばイギリスのテレビ映画の「謎の円盤UFO」が大好きでした。特にフォスター大佐、格好良かったです。私はムーンベースの隊員になりたかったんですけど…不思議な美女達でした。
投稿: まな | 2008年11月 7日 (金) 22時07分
まなさん、コメントありがとうございます。
ウチの学校では、女の子たちは「キューピットさん」という同類の恋占いをやってました。あれはキツネじなくて何が来てたんでしょうか?
「謎の円盤UFO」も大好きでよく見てましたよ。
投稿: パパ | 2008年11月 8日 (土) 07時11分