京都の冬
毎日「寒い寒い」と書くのにもそろそろ飽きてきたが、書かずにはいられない。今朝も寒い。
これまでに、テレビの時代劇の脚本を何本か書かせていただいた。子供の頃から時代劇好きで、「いつか書けるといいなあ」と漠然と思っていたのだが、ドラマ(現代劇)で知り合ったテレビ局のプロデューサーが時代劇も担当していて、8年ほど前のある時、私に聞いた。
プロデューサー「十川さん、時代劇って興味ありますか?」
私「ええ。大好きですけど」
プロデューサー「一度京都の撮影所に遊びに行きませんか?ご案内しますよ」
私「本当ですか。ぜひ」
その時は当面の仕事があった訳ではないが、興味があるなら一度行ってみましょうというお誘いだった。ありがたく一泊で連れていっていただいた。その後、そのプロデューサーとは何本かの時代劇でご一緒にする事になるのだが、それはまだ先の話。
私たちが京都に行ったのは真冬の一番寒い時期だった。地元の方は勿論、一度でも行った事がある方ならわかると思うが、冬の京都はシンシンと冷える。何と言うか、足元から冷たい生き物が這い上がってくるような感じで、明らかに東京の寒さとは質が違う。
京都駅からタクシーに乗り、プロデューサーと一緒に撮影所に着いた。
案外世間の方が知らない事のようなので説明しておく。京都の撮影所と言えば東映の太秦映画村が有名で、オープンセットを見学したり記念撮影ができる場所を思い浮かべる方が多いと思う。だが、正確には、京都にはもう一か所撮影所があり、こちらは松竹と映像京都(かつての大映)が共同で所有している。見学コースはなく、純粋に撮影所として機能していて、嵐山の少し手前の住宅街の真っただ中にある。
私が見学にうかがったのは、このもう一つの方の撮影所だった。
当時、そのプロデューサーが担当していた時代劇がちょうど撮影中で、私は彼に連れられ、撮影所の方々や監督などに挨拶しながら、撮影所内を案内してもらった。
撮影所というのはどことなく学校の校舎に似た雰囲気で、特にここはいくつかの建物をつなぐ渡り廊下があるせいか、そう見える。私はこの時が時代劇の撮影所に足を踏み入れた最初だったから、いろいろなものが皆珍しかった。
プロデューサーが用事でどこかに出かけてしまい、撮影開始までまだ少し時間があったので、私は一人でキョロキョロしながら撮影所の渡り廊下を歩いていた。
すると……。
不思議な光景にでくわした。廊下のそこかしこで、お侍さんや町娘が携帯電話で話をしている。本番前で俳優さんたちは皆衣装とかつらをつけているから当然なのだが、例えば、着流しのイキな着物の侍がこんな会話をしている。
侍「終わりは遅うなりそうや。○○(多分彼の子供さんの名前)、今日、スイミング・スクールどないやった?」
あるいは。
町娘「○○ちゃん、明日ヒマやて。飲み行こか……うん、ほな」
といった具合。
私「ははー……面白いもんだな……」
やがてそろそろ撮影が始まるというのでオープンセットに行った。
これが凄い。
何が凄いって、スタッフの働きっぷり。セットの床を履き、柱の光沢をチェックし、カメラの準備をし、照明をセットし、その全ての動作が、まるで軍隊の一小隊のように素早い。無駄話をする人はほとんどいなくて、黙々と、何と言うか忍者のような素早さで働いている。
圧巻である。実は、お正月に放送される大作は別にして、通常のテレビ時代劇はそうそう潤沢な予算やスケジュールがある訳ではない。だから、とにかく機敏にどんどん撮影しなければならない。しかも、カメラは一台のみ。俳優さんのアップを撮り、次は別のアングルから撮るといった場合、すぐにそのカメラを違う方向にセッティングし直さなければならない。
だから、勢い軍隊のような迅速さが要求され、しかも急いでいながらも繊細に丁寧に撮らなければならないのだ。若いスタッフが多い印象をもったが、彼らは実によく動く。そして、彼らに指示を出すベテランのスタッフも、短く言うだけだが確実に彼らをコントロールしていた。
少し遅れて主演の俳優さんがやって来ると、皆から一斉に大きな挨拶の声が上がった。
重厚かつオーラのある俳優さん。さすが主役という感じだった。だが、その俳優さんはピリッとしたいい緊張感を持ちながらも皆に声をかける。
俳優さん「寒いけどあんじょう頼むで!」
そしてスタッフの何人かに次々に声をかけ、ねぎらったり、冗談を言ったりして現場の空気をうまくまとめていく。
俳優さんも主役ともなるとただ演じればいいという訳ではないのだ。その番組の「座長」として現場の空気を保たなければならない。
午後に始まった撮影は夜の九時くらいまでかかった。
とにかく寒い。私はただの見学でジッと立っているだけだからなおさら寒い。小型のドラム缶に火を入れて暖をとるいわゆる「がんがん」というのがあって、その近くに立ってはいたのだが、それでも京都の撮影所の、それもオープンセットである。寒さは尋常ではない。
ただ、私のような「現場素人」がそうなだけで、役者さんもスタッフもめったに「寒い」などとは口にしない。集中力がそのピークに達しているから寒さを感じないのかもしれない。または「寒い」と思っていても、言ったところで暖かくなる訳ではないから言わないだけかもしれない。いずれにせよ、プロの仕事ぶりに感心した。
翌日は嵐山の奥の方の林にいってロケが行われた。私はプロデューサーと一緒にそれも見学に伺った。
その日はちょうど京都マラソンの日で、撮影を始めようとすると、マラソンを空から中継するヘリコプターがしばしば飛んできて撮影が中断した。録音している音声に、ヘリの音が入ってしまってはまずいからだ。皆でヘリが遠ざかっていくのをじっと待ち、音が聞こえなくなると撮影再開。
この日は前日よりももっと寒く、しかも林の中なので陽もあまりささない。それでも、誰もがきのうとまったく同じペースで黙々と働いている。
さらに、午後になると雪がパラパラと降り始めた。ところが、台本では雪のシーンなどない。現場をよく知らない私は人ごとながら心配になってきた。
私「あのー、この雪、まずくないですか?他のカットとつながらなくなるんじゃ……」
と、プロデューサーが平然と言った。
プロデューサー「ああ、この程度の雪なら、強い照明を当てとけば映らないんですよ」
私「はー、そういうものですか……」
後に完成した作品をテレビで見たが、確かに雪は全く映っていなかった。
撮影は夕方に終わった。私は京都の冬に全身を冷やされ、帰りのタクシーの中でずっとちぢこまっているというていたらくだった。
車内の暖房でようやく一息ついてから、私は別の気になっていた事をプロデューサーに聞いた。彼は時代劇以外にもいくつものドラマを担当していて、地方ロケが多い。東京にいる時間の方が圧倒的に短い。
私「いつも地方ロケで大変じゃないですか?」
と、彼は笑いながら言った。
プロデューサー「あちこちの地方を飛び回っているのが当たり前になってますからね。これが僕の『日常』なんですよ」
これにも驚いた。ものぐさな私にはとうてい出来ない仕事である。
夕方、京都駅から東京行きの新幹線に乗ると、京都の夕暮れが一望できた。それを見ながら私は思った。
京都の冬の寒さには参ったものの、撮影所の人々やプロデューサーの仕事ぶりには頭が下がると。あったかい仕事部屋でのんきに脚本を書いている身としては、とてもじゃないがいい加減な脚本など書けないとも思った。彼ら現場の人々の仕事ぶりに対して。
という訳で、「京都の冬」が私に教えてくれた様々な事は今も私の財産になっている。
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コメント
松竹の撮影所!!ちょうど来月から、そこで友人が働くことになりました。以前お話ししました脚本家志望の同級生です。
寒いけど、『熱い』所なんですね。彼が遠い京都に行ってしまうのは寂しいけれど、気持ち良く送り出せそうです。
投稿: カナコ | 2009年1月13日 (火) 23時50分
京都の冬は確かに寒いですが、名古屋もかなりです。
琵琶湖の上を抜けた日本海の寒気が関ヶ原越しに吹き付けるので。
京都は冬の寒さもさることながら、夏の蒸し暑さもひどいです。
投稿: まな | 2009年1月14日 (水) 00時38分
京都は日本映画の発祥地なので、歴史と伝統の厚みが半端じゃないというイメージがあります。
DVDに付いている映像特典などで、往年の大映スタッフの方々のインタビューなど見るにつけ、一層その思いを強くします。
彼等の語る京都弁が厳しくて、まさに職人、活動屋という響きがします。
投稿: すなぽん | 2009年1月14日 (水) 05時26分
カナコさん、あけましておめでとうございます。
そうですか、ご友人が京都に行きますか……。
映像の勉強をするにはいい所だと思います。「がんばってください」とお伝えください。
投稿: パパ | 2009年1月14日 (水) 09時18分
まなさん、コメントありがとうございます。
確かに京都は夏も暑いですね。やはり仕事で何度かいきましたが、あれはあれで大変でした。
投稿: パパ | 2009年1月14日 (水) 09時20分
すなぽんさん、コメントありがとうございます。
そうですね。偉大なる職人集団です。厳しさが若いスタッフにまで浸透していて、見ていて気持ちがよかったです。
投稿: パパ | 2009年1月14日 (水) 09時22分